うつに負けない、家族愛!!

 私の娘は、就職してわずか3週間でうつ病と診断されてしまいました。母親、父親、そして兄弟の目から見てきたこと接してきたこと、主治医の治療方法、カウンセラーのお話、私たち独自で考えて実践してきたこと。これら実際に体験してきたことを私たちの記憶が薄れてしまう前に記録として残しておきたいという思いから、うつ病との戦いを闘病記としてつづってまいります。同じような境遇の方、そしてご苦労されているご家族の方達にぜひ読んでいただければと思います。

  • TOP > 
  • 接し方

接し方



鬱病に直面する彼

共通テーマ:
うつ病 治療 リハビリ テーマに参加中!
鬱病に直面する彼

鬱病になってしまった娘に、
やさしい彼は、真正面から向き合ってくれました。

突然、鬱病というものに向き合うことになってしまったのです。
そもそも、パニック障害の大発作を起こした時に一緒にいたのは彼でした。
それ以来、献身的に娘に接してくれました。

鬱病の娘の救急搬送に立ち会ったのも2度経験しています。
昨年の今頃は、よく泊まりに来ていました。
もちろん、娘が望んだことです。

親のいない子供を預かる施設に勤務する彼は、宿直もあり生活が非常に不規則です。
それでも、鬱病になってしまった娘のために会いに来てくれました。
社会人として第一歩を踏み出したばかりの彼にしてみれば大変だったと思います。

親のいない子供を預かるわけですから、やさしくなければ勤まらない仕事だと思います。
彼には、早出もあります。
朝の7時までに出勤するのです。

遅番で、夜というより日にちが変わって帰宅しても、早出があります。
大変な仕事です。
それでも、鬱病の娘に会いに来てくれます。

彼の休みの日も、買い物に連れて行ってくれたりしました。
そして、夜は家に泊って行きました。
そのことは、彼にとってとても気の遣うことだったと思います。

でも、彼は、鬱病と正面から向き合ってくれました。
真正面から鬱病と向き合ってくれました。
彼には、とても助けられたと思っています。

鬱病 娘への熱い想い

共通テーマ:
接し方 テーマに参加中!
鬱病 娘への熱い想い

鬱病になってしまいました。
娘の葵が鬱病と診断されてしまいました。
なぜでしょうか。

就職してわずか3週間で、鬱病と診断されてしまいました。
鬱病は、長期の闘病生活が必要となります。
私は、母親として強い気持が必要とされます。

でも、私は負けません。
娘への熱い想いがあります。
私の娘への熱い想いは、何者にも負けません。
私は、母親ですから、家族への愛情は、誰にも負けません。
うつなどに絶対に負けません。
私の家族愛は、鬱病に絶対に負けません。

私には、娘への熱い想いがあります。
こうして、自分に言い聞かせます。
言い聞かせないと、私は負けてしまいそうです。
年の単位の闘病生活なんて考えられません。
考えたことありません。

鬱病は、リハビリが長く続きます。
鬱病を治してあげるという気持ちを持続させるのは大変なことです。
年の単位で戦い続けるのは大変なことです。
娘への熱い想いがなければ、続けられないのです。
私が、負けてしまったら、娘はきっと治りません。

娘のは、家族の愛情が必要なのです。
家族の愛情というと、笑う人がいるかもしれません。
でも、年の単位で病気と闘う姿勢を持ち続けられるのは、
家族しかありません。
母親の、私が強い気持を持ち続けなければならないのです。
私が負けるわけにはいきません。

鬱病と涙

共通テーマ:
接し方 テーマに参加中!
鬱病と

娘がパニック障害の発作で倒れてから、
ひたすら眠り続けた3週間、
完全な休養期の3週間、

眠り続けているのに、たまたま起きた時間に、
発作を起こして倒れます。
発作を起こすたびに、が溢れて止まりませんでした。
あの頃の私の記憶には、発作としかありませんでした。
いくら気丈になったつもりでも、夜、娘の寝顔を見ていると、胸が熱くなりました。
胸が苦しくなりました。

娘の前では、明るく気丈に笑い飛ばします。
娘の不安を与えないためです。
娘に私のなど見せるわけにはまいりません。
娘に不安な気持ちを持たせるわけにはまいりません。

でも、夜になって、娘の眠った姿を見ていると、
やはり、「なんで」「どうして」
そして、「いつまで」と思ってしまうのです。
そんなときは、主人と話をすると落ち着きました。

主人はよく見ています。
よく観察しています。
必ず、少しでもよくなっているところを取り上げて説明してくれます。
波はあるのですが、必ず良くなっているところがあるのです。
少しでも、よくなっているところが見つかると、
やはり、多少ですが、ほっとします。

また、前を向くことができます。
こんなところで私がくじけるわけにはいきませんから。
闘病生活が長くなると、つい余計なことまで考えてしまうものなのですね。

うつ病 これ以上どうやって頑張ればいいの

共通テーマ:
接し方 テーマに参加中!
うつ病 これ以上どうやって頑張ればいいの

うつ病になってしまった娘の葵は、
パニック障害の発作を起こすと「誰も私を認めてくれない」と訴えます。
その言葉以外に、
これ以上どうやって頑張ればいいの
「こんなに頑張っているのに」
これ以上どうやって頑張ればいいの
「もうこれ以上頑張れない」

そして「誰も私を認めてくれない」
と続きます。

これ以上どうやって頑張ればいいの
と訴える人間に、励ましの言葉は、いけないと言われます。
でも、本当にそうでしょうか。
確かに「これ以上どうやって頑張ればいいの」と訴える人間に、「もっと頑張りなさい」とは言えません。
でも、私は、主人に言われました。
うつ病の人に接する場合、「愛情の伴った励ましは大切だよ」ということです。

結局、無責任とは言いませんが、第三者が簡単に励ますのはいけないということです。

私たち家族の愛情と責任の伴った励ましは、
うつ病になってしまった娘の葵には、絶対に必要なことなのです。
私たちが責任を持って治してあげるのですから、
これくらいの意識がないと、
これくらいの強い思いがないと、
リハビリをやらせること、続けることは難しいのです。
うつ病は、意欲の低下する時が周期的にやってきます。
それを乗り越えるには、愛情の伴った励ましが必要になると思います。

うつ病 父親の戦い

共通テーマ:
うつ病 接し方 テーマに参加中!
2009年3年23日
うつ病 父親の戦い

うつ病になってしまった娘の葵、
私の生活の変化は、主人の生活にも大きな変化を与えました。

3時半に起きて片づけをする私、
静かにできるわけではありません。

一番騒々しい場所に寝ている主人はやはり起きてしまいます。
うつ病の娘のためになるべく早く帰宅しようとする主人は、
その分、早く出社をすることにしました。

主人の職場は、管理人の出勤時間が6時30分だそうです。
でも、早く来る管理人もいるので早い時は6時に来ているそうです。
主人は、6時から6時半くらいに出社するようになりました。

そして、一日の中でも一番危険な時間帯を安全な空間にするために、
早く帰ってくるようになったのです。

うつ病の葵のために安心できる空間を作ること。
主人が話をすると、うつ病の娘葵は、安心できるようです。
それは、良き理解者でした。

そして、カウンセラーのように、いつも一緒にいる私では気がつかない心の変化を見つけることができるのです。

その日の中で起きたことを話していると、うつ病の特徴である、不安の種が分かるようです。

そして、会話で不安の種を取り除くのです。
カウンセラーと一緒です。
うつ病になった娘をずっと観察した結果だと思います。
考えていることが表情を見て、そして会話を通じて分かるようです。

これは、私にはできない事でした。
会話を通じて不安の種を摘み取る。
パニックの発作止めの薬を使わない方法。

娘の葵は、父親に早く帰宅することを願うようになりました。
夜、暗くなる危険な時間帯を安心できる空間にすることができるのです。

安心できる空間を作り、不安を与えない、このことに一生懸命でした。

うつ病、母親としての戦い

共通テーマ:
うつ病 接し方 テーマに参加中!
2009年3月22日
うつ病 母親としての戦い

鬱病になってしまった娘の葵、
私は、鬱病と戦わなければならなくなってしまった娘、葵のために
私自身も、戦わなければならなくなりました。

鬱病、それは母親として、私の生活も一変させました。
私は、近くの特殊な学校で清掃業のパートとして働いております。

仕事自体は、清掃を始めればほとんど誰とも顔を合わせませんし、朝一番の仕事は生徒の皆さんの授業が始まる前に最低、教室とトイレの清掃が終わっていればいいのです。残りは授業中に使わない施設を掃除することです。

規則正しい生活を送らなければならない娘、葵のために、私は、朝7時には家に居てあげることにしました。

鬱病の葵は、朝の7時に起きなければならないからです。
7時から逆算して、私の出勤する時間が出てきます。
ですので、朝5時から仕事を始めることにしたのです。
仕事場の上司が融通を利かせてくれました。
生徒さんの授業が始まる前に朝一番の仕事が終わればいいのです。

私は、3時から3時30分に起きることにしました。
起きて、家の掃除、選択片づけもの、高校生の兄弟のお弁当作り、
これらを終わらせてから5時に仕事を始められるようにしたのです。
そして、一仕事を終わらせてから7時に一度帰宅します。
そして、鬱病の葵を起こすのです。

規則正しい生活を送らせるためです。
鬱病の葵を起こすためです。
鬱病に一番大切な規則正しい生活の第一歩を行わせるためです。

私は、カウンセリングの先生に規則正しい生活を必ずやらせて下さいと念を押されています。
母親としての私がやらせなければ、規則正しい生活などできません。
必ず「お母さんがやらせて下さい」とおっしゃいました。
お母さんが「家事を通して手の抜き方を指導して下さい」「規則正しい生活を送らせて下さい」このように言われました。

私は、母親として娘の葵には鬱病を治してあげなければなりません。
そのために一番大切な規則正しい生活の第一歩を守らせないとならないのです。
鬱病に対する家族の接し方として、私は母親としてうつ病に真正面から向き合うことに決めたのです。

母親として決して逃げること、避けて通ること、目を背けること、見て見ぬふりをすること、逃げだすこと、このようなことはできないのです。

母親としての私は、うつ病に絶対負けません。
うつ病、家族の愛情が負けるわけがありません。
うつに負けない家族愛なのです。
  • ライブドアブログ
ダイエット方法